・プレシード・シードでも「資金調達をしない」という選択肢は常にテーブルに載せておくべきで、調達が目的化した瞬間に資本政策が歪みやすくなる。
・まずは現状と1年先の課題・打ち手を因数分解し、それが本当に外部資金でしか解決できないのか、自己資本や売上強化で解決できないのかを見極める必要がある。
・それでも資金調達が必要なら、優先順位は「自己資本 → エンジェル → ベンチャーキャピタル」と考えた方がよく、VCから調達する場合はファンドのビンテージ・支援内容・担当キャピタリスト・キャッシュエンジンへの理解を6つの質問で必ず確認したい。
「資金調達ありき」のスタートアップが増えている
スタートアップの方から、プレシード・シード期の資金調達について相談をいただくことがよくあります。そのたびに毎回お話ししている内容を、ここで一度文字にしておきたいと思います。
プレシード・シードのスタートアップにとって、資金調達は大きなテーマです。
ただ最近は、「資金調達をすること」自体が目的化しているスタートアップも少なくありません。調達するために事業を立ち上げたり、プロダクトを作ったりしているケースも見かけます。
しかし、このような「資金調達ありき」のスタートアップが、その後も順調に成長できるとは限りません。
資金調達を前提に事業を進めてしまうと、その後の資本政策がどうしても“調達ありき”に引っ張られ、本来の事業成長の意思決定にブレーキがかかってしまう危険があります。
だからこそ、資金調達をしないという選択肢も含めて検討することが、とても重要だと考えています。
「資金調達しない」という選択肢も本来あるはず
資金調達は、スタートアップにとって必須条件ではありません。
資金調達をせずに事業を成長させている会社も実際に多く存在します。
毎年上場している企業を見ても、「いかにもJカーブで伸びたスタートアップ」よりも、ソリッドベンチャー的な企業の方がむしろ多いのが実態です。
(参考:https://angel-round.com/blog/solid-venture)
大切なのは、まず 「今どんな課題があり、1年先に何が課題になるのか」 をきちんと因数分解することです。
そのうえで、
- それは外部資金がないと解決できないのか
- それとも、マーケティングや営業の強化など、自社の努力で売上を伸ばすことで解決できるのか
を冷静に切り分けていく必要があります。
現状と短期(1年先)の課題を分解していくと、必ずしも資金調達をしなくてもよいケースは意外と多く見つかります。
たとえば、既存プロダクトの改善と営業体制の強化だけで、当面必要なキャッシュを自社で捻出できる場合などです。
仮に調達が必要だとしても、「どこから調達するか」は別の話
それでも、どうしても追加の資金が必要になる局面はあります。
このときに考えるべきなのは、**「調達の必要性」と「どこから調達するか」**を分けて考えることです。
外部から資金を入れる場合のざっくりした選択肢は、以下の3つです(ここではいったんデッドファイナンスは置いておきます)。
- 自己資本のみで賄う
- エンジェル投資家からの調達
- ベンチャーキャピタル(VC)からの調達
会社運営において、自己資本ですべて賄えるのであれば、それが理想です。
それが難しい場合に、初めて外部資本を検討することになるわけですが、その優先順位は個人的には
自己資本 → エンジェル → ベンチャーキャピタル(最終手段)
という順番で考えるのがよいと感じています。
3つの選択肢のメリット・デメリット(完全主観)
ここでは上記3つの選択肢について、完全に主観ではありますが、メリット・デメリットを整理しておきます。
①自己資本のみで進める場合
自己資本のみで進める最大のメリットは、経営に関する意思決定をすべて自分たちで管掌できることです。
株主が自分(たち)だけなので、外部からの圧力や期待値に左右されず、事業の方向性やスピードを自分たちの判断で決められます。
一方で、新規事業やプロダクト開発にチャレンジする際、自己資金だけではどうしても資金量が制約になり、「本来出せたはずのスピードが出せない」というデメリットもあります。
②エンジェル投資家から調達する場合
エンジェル投資家からの調達は、自己資金だけでは追いつかない部分をエクイティで補い、スピードを上げる手段です。
ベンチャーキャピタルと違い、どちらかといえば「この人を応援したい」という “人への投資”の色合いが強いことも特徴です。
また、エンジェル投資にはファンドの償還期間のような縛りがないため、短期での急成長をそこまで強く求められないケースが多いという点も、起業家にとっては心理的に楽かもしれません。
一方のデメリットとしては、投資家ごとに投資可能なチケットサイズが大きく異なることが挙げられます(100万〜1,000万など幅が広い)。
調達したい金額によっては、エンジェル投資家だけでは完結せず、結果的にVCも交えたラウンド設計が必要になる場合もあります。
③ベンチャーキャピタルから調達する場合
ベンチャーキャピタルから調達する最大のメリットは、数千万円単位のまとまった資金調達が可能になることです。
また、VCによっては独自のネットワークや投資先向け特典があり、採用・営業・PRなどで初速を出すための支援を受けられる場合もあります。
ただし、VCにはビジネスモデル上、ファンドの償還期間という制約が存在します。
ファンドを運営している以上、調達から数年以内にIPOやM&A等でEXITしてもらわなければ、LPにリターンを返せません。
そのため、調達を受けたスタートアップ側は、「数年以内にEXITを目指す」という前提で走ることになる点は、メリットでもあり、制約でもあります。
この記事でいちばん伝えたいこと
・最大のリスクは「資金調達ありき」で事業設計してしまうことであり、調達の有無そのものよりも“前提が固定化されること”が危険。
・まずは現状と1年先の課題・打ち手を因数分解し、外部資金でなければ解決できない課題かどうかを冷静に見極めることが重要。
・そのうえで、自己資本・エンジェル・VCの3つを組み合わせ、自社に最も納得感のある資本政策を設計することがプレシード・シード期の本質的な意思決定である。
プレシード・シードの資金調達でいちばん危険なのは、「調達するか否か」よりも「調達を前提にすべてを設計してしまうこと」です。
まずは 現状と1年先の課題・打ち手を因数分解し、それが本当に外部資金でしか解決できないのかを見極める。そのうえで、自己資本・エンジェル・VCの3つを組み合わせながら、「自社にとって最も納得感のある資本政策」を設計していくことが重要だと思っています。
プレシード〜プレAはなぜ難しいのか? シリーズA以降との違い
正直なところ、エンジェルラウンド/プレシード/シード/プレA あたりの資金調達は、かなり難易度が高いと感じています。
理由はシンプルで、ここまでに挙げた選択肢や組み合わせ方、投資家の性格、ラウンドの設計など、考えなければならない要素が非常に多いからです。
一方で、シリーズA以降になると、選択肢が逆に絞られていきます。
- 調達するか/しないか
- どのVC/金融機関から調達するか
- 何のために、いくら調達するか
これらを明確にしていれば、比較的シンプルに判断できるフェーズに入っていきます。
言い換えれば、プレシード〜シード期こそが、資本政策に最も頭を使うべきタイミングだということです。
VCから調達するなら必ず聞いておきたい6つの質問
では、最終的に「VCから調達する」と決めた場合、どんな点を確認しておくべきなのでしょうか。
もし自分がスタートアップ起業家なら、少なくとも以下の6つは必ず質問します。
質問1:いま投資を検討しているファンドの償還期間は何年で、いま何年目ですか?
ファンドのビンテージ(組成からの経過年数)が若ければ若いほど、EXITまでに残された時間に余裕があるということになります。
逆に、償還までの期間が短いと、どうしても「早くEXITしてほしい」というプレッシャーが高まりやすく、事業の時間軸とずれが生じるリスクが高まります。
質問2:投資後、どのような支援をしてもらえますか?
資金だけでなく、どんな具体的支援をしてもらえるのかは必ず聞いておきたいポイントです。
採用支援、営業紹介、PR支援、次ラウンドの紹介など、VCごとに得意分野は違います。
自社が必要としている支援と、投資家が提供できる支援が噛み合っているかどうかを、この質問で確認できます。
質問3〜5:担当キャピタリストについて
3つまとめて扱います。
- 質問3:担当していただけるキャピタリストは誰ですか?
- 質問4:その方ができる具体的な支援は何ですか?
- 質問5:その方の退職リスクはありますか?
結局のところ、投資家との関係は**「ファンド」ではなく「人」**です。
どんなにファンドとして素晴らしい実績があっても、実際に伴走してくれるキャピタリストとの相性が悪いと、コミュニケーションコストばかりが上がってしまいます。
事業開発やセールスの壁打ちを期待しているのに、そのスキルがほとんどない担当者がついてしまうケースもありますし、担当者がすぐ退職してしまうと、事業とは関係のない調整に時間を取られることにもなります。
投資前に、ここはかなり具体的に聞いておくべきだと思います。
質問6:コンサル・受託・代理店など「キャッシュフローが早い事業」をどう評価しますか?
最後に、個人的にとても重要だと思っている質問がこれです。
コンサル・受託開発・代理店など、比較的キャッシュフローが早く回る事業に対するスタンスを聞いておくことで、そのVCが「キャッシュエンジンとなる事業」をどう捉えているかが見えてきます。
キャッシュエンジンを持つことに肯定的な投資家もいれば、プロダクト一本足でのJカーブを志向し、受託や代理店をあまり好ましく思わない投資家もいます。
この価値観が食い違っていると、後々の経営判断でかなりストレスが溜まるので、事前に必ず擦り合わせておきたいポイントです。
資金調達はあくまで“手段”
ここまで書いてきたように、資金調達はあくまで事業を前に進めるための手段であり、目的ではありません。
私は、スタートアップはできる限り早く「自立した経営」を目指すべきだと考えています。
そのためにも、
- 「本当に資金調達が必要なのか」
- 「必要だとしたら、どの手段の組み合わせが最適なのか」
- 「VCから調達するなら、どんな投資家と組むべきなのか」
を、冷静に考えておくことが大切です。
FAQ
Q1. プレシード・シード期でも、やはり資金調達はした方がいいのでしょうか?
A. 一律に「した方がいい/しない方がいい」とは言えません。まずは現状と1年先の課題を分解し、それが自己資本や売上強化で解決できるかを確認したうえで、「それでも外部資金が必要か」を判断するのがおすすめです。
Q2. 自己資本だけで進める最大のデメリットは何ですか?
A. 意思決定をすべて自分たちで握れる一方で、新規事業やプロダクト開発に必要な資金が不足し、「やりたい施策のスピードが出せない」ことが最大のデメリットです。どこまでの成長スピードを自分たちで許容するかの見極めが重要になります。
Q3. エンジェル投資家とベンチャーキャピタル、どちらから先に調達すべきですか?
A. 個人的には「自己資本 → エンジェル → VC」の順番を推奨しています。エンジェル投資は人への応援投資の色が強く、償還期限もないため、VCに比べて時間軸の制約が小さいケースが多いからです。
Q4. VCに6つの質問をすると、嫌がられたりしませんか?
A. 真面目に投資先と向き合おうとしているVCであれば、むしろこの手の質問を歓迎してくれるはずです。自社の方針も含めてオープンに話してくれる投資家のほうが、長期的には付き合いやすいと考えます。
Q5. デットファイナンス(融資)は本当に検討しなくてよいのでしょうか?
A. 本文では論点を絞るために一旦扱っていませんが、実際には融資も重要な選択肢のひとつです。プロダクトの性質やキャッシュフローの見込みによっては、エクイティよりも融資のほうが適しているケースもありますので、別途切り分けて検討する価値があります。