・資金調達は目的ではなく、事業戦略そのものを決める「思想」である。
・調達する理由が曖昧なほど、資本政策は一貫性を失い、後戻りできない負債になる。
・調達の目的は「成長速度を上げたい」「競合を振り切りたい」「採用インセンティブを高めたい」など数字で語れる必要がある。
・資金調達を“やるべきかどうか”は、事業フェーズ・市場特性・キャッシュエンジンの有無でまったく変わる。
多くの起業家は“してはいけない調達”をしている
起業家と話していると、「本当はまだ必要ないのに調達しようとしている/してしまっている」ケースに出会います。それはなぜか。
理由はシンプルで、「資金調達=起業家として正しい行動」という強い思い込みが存在するからだと思っています。
ベンチャーキャピタル(VC)に会って、調達し、次のラウンドを目指す。この連続が成長だと思い込んでしまっていて。
ただ語弊なく文字にすると、冷静に見れば資金調達は会社の自由度を減らす選択です。どんなに少数株主だろうと外部株主を入れた瞬間、起業家は「説明責任」「成長責任」「数字責任」を負うことになります。
だからこそ最初に問うべきなのは、「そもそも本当に今、この会社は調達すべきなのか?」という根源的な問いです。
資金調達とは“成長スピードの選択”である
時間をお金で買う行為
資金調達の本質は、「時間を買う」ことです。自前でやれば1年かかることを、外部資金で3か月で実現する。その時間差が勝敗を分ける市場では(だけ)エクイティによる資金調達が合理的になります。
- 高速でプロダクトを作りたい
- 組織を一気に立ち上げたい
- ネットワーク効果が立ち上がる前に市場を取ってしまいたい
こうした理由はすべて「スピードが必要だから」なのです。
調達しないという選択も“立派な戦略”
資金調達しないという選択は、決して弱気ではないです。むしろ、ソリッドベンチャーの世界では「調達しないことで自由度を最大化し、挑戦回数を増やす」という戦略が優れているとも思っています。
VC資本から離れたところで、じっくり事業を育ててもいい市場は山ほどあります。この「市場構造×自分の勝ち筋」の把握こそが、最初の資本戦略設計です。
あなたは本当に調達すべきか?3つの判断軸
①市場のスピードは速いか?
市場の特性によって調達の必要性は大きく異なります。
- ネットワーク効果が強い
- winner-takes-all の構造
- 先行者優位が極めて強い
こうした領域では、お金を使って一気に市場を取りにいく必要があります。一方で、
- ローカルサービス
- BPO・SES
- ブランドビジネス
- SMB向けソリューション
などは、一社が市場の8割を持つような構造ではなく、調達しなくても十分に勝てます。十分にです。しかも世の中のほとんどが後者のはずなので、「スピードが命」は本当にそうなのか?も問うべきです。
②解決したい課題は、お金で解決できるのか?
お金を入れれば成果が出やすい領域ももちろん存在します。例えば、広告投下→CAC回収が早い / 営業人数に比例して売上が伸びる、などです。逆に「お金を入れても大差ない」ケースで調達すると、ただバーンレートが膨らむだけ。
この辺りは事業経験の有無で差が出てきてしまいがちですが、落ち着いて考えれば地雷を踏みぬくことは減らせるはず。
③キャッシュエンジンはあるか?
- 祖業で黒字
- 粗利率が高い
- キャッシュが毎月積み上がる
- 小さくても確実に稼げる事業がある
この場合、「調達しない自由」という”カード”を持つことができます。キャッシュエンジンを持っている会社は、調達すべきタイミングを自分で選べます。逆に、祖業が赤字のまま調達すると、常に資本市場に依存した経営になります。
調達理由は「数字で語れるか」がすべて
良い調達理由は、必ず数字がセットになります。例えば、
- 営業5人 → 月次8社クロージング → ARR3,000万円増
- 広告500万円→CAC回収3か月→LTV/CAC=5
- 開発チーム×5 → 機能追加速度×3→チャーン改善30%
どれも「投資→成果」が因果を数字のセットで説明できます。
一方で、以下は危険な調達理由
- VCに言われたから
- なんとなく必要な気がした
- 周りが調達してるから
数字で語れない調達は、長期的には必ず苦しくなります。なぜなら、調達した瞬間、あなたは「数字で説明し続ける義務」を負うからです。しかもその数字は何の根拠もなかったりすると‥‥。
資金調達が事業構造に与える影響
資金調達は単なる資金の授受ではなく、会社の構造そのものを劇的に変えます。
①バリュエーションに引きずられる
一度高いバリュエーションで調達すると、次のラウンドで成長が追いつかず詰みます。初学者が一番やりがちなのがここ。※バリュエーションについてのコラムはこちら
② 採用構造が変わる
- 調達を前提とした給与設計
- バーンレートを高く見込んだ採用
- 2〜3年以内に大型ラウンドを前提にした組織計画
これらはすべて「調達ありきの構造」です。
③組織文化の変化
調達すると多くの会社は「アップorアウト」、つまり「昇進するか、退職するか」の色が強くなります。これは悪いことではないんですが、創業初期の雰囲気とは明確に変わってしまうため、これが本当にいいのかよく理解する必要があります。
資金調達の成功は、資金用途よりストーリーで決まる?
投資家は「何に使うか?」以上に、「なぜ今か?」を見ていたりします。その”なぜ今ストーリー”は大きく以下の要素です。
- 市場の変化(なぜ今)
- あなたが勝つ理由(競争優位)
- 12か月のロードマップ(必達KPI)
- 資金→成果の因果関係
調達とは、「未来の数字の証明」で、投資家は“再現性”を見ているケースが多いです。
調達は“後からでも間に合う”ケース
世の中多くの長く続いている企業の共通する構造があります。
- 黒字化している(キャッシュエンジンを作る)
- 小さくてもいいので、確実に稼ぐ土台がある
- その余力で新規事業に挑戦している
- PMFが見えた瞬間だけ、一気に調達して加速している
海外・国内問わず、強い会社の多くがこの構造。調達とは「勝ち筋が見えた瞬間の加速装置」であり、手段の一つでしかなかったりします。エクイティ調達しているところのほうが珍しいという認識もあるといいと思います。
あなたが今調達する理由は、数字で説明できるか?
資金調達とは、事業フェーズ・市場構造・キャッシュエンジンの有無によって正解が変わります。
最重要ポイントはただ一つ。「あなたが今調達する理由は、数字で説明できますか?」。
もし答えがYESなら、調達は戦略的に正しい。もし答えがNOなら、調達しないほうが、あなたの事業はもっと自由に伸びていくと思います。
FAQ
Q1. 調達しないと成長できない?
A.市場構造次第。winner-takes-all なら調達が有利だが、そうでない領域は黒字事業で十分戦えます。
Q2. 調達のベストタイミングは?
A.「1年後に実現したいことを、今90日で実行する必要があるとき」です。
Q3. バリュエーションは高いほうが良い?
A.高くしすぎると次ラウンドで詰みます。最適解は“成長との整合性”。
Q4. 調達しないと採用が難しい?
A.確かに難しいですが、その分「本気の人材」が来るというメリットもあります。
Q5. ソリッドベンチャーでも調達すべきシーンは?
A.新規事業の PMF が見え、再現性が数字で説明できる瞬間。そのときだけ外部資本を入れると“加速力が最大化”します。