・ロジシン・クリシンがビジネスの共通言語になった結果、多くの人が同じ情報を同じ手順で処理し、似たような「正しそうな新規事業アイデア」にたどり着きやすくなっている。
・クリティカルシンキングの5ステップを真面目に踏むほど、エコフレンドリー商品のような、誰でも思いつきそうな“無難な解”に収束しやすく、本当に新しい領域の発見からはむしろ遠ざかってしまうリスクがある。
・そこで必要になるのがコンセプチュアルスキル(概念化能力)であり、自分の半径5メートル以内で起きている事象や違和感を深く理解し、それを未来の変化と結びつけることで、はじめて「他の人が見落としているペイン」や新しいビジネスの種が見えてくる。
ロジシン・クリシンが当たり前になった世界で
ある起業家と話していたときに出てきたテーマが、「新しいビジネスや領域が昔よりも見つかりにくくなっているのではないか?」というものだった。
その背景にあるのが、ロジカルシンキング(ロジシン)やクリティカルシンキング(クリシン)が、いまやビジネスにおける“標準言語”となっていることだ、という話で盛り上がった。
理由は非常にわかりやすいのに、言語化して伝えるのが意外と難しいと感じたので、ここでは改めて整理してみたい。
そもそもクリシン(クリティカルシンキング)とは何か
まず、前提となるクリシン(クリティカルシンキング)の意味を確認しておきたい。
クリティカルシンキングは、情報を論理的かつ批判的に分析し、問題を解決するための思考プロセスだ。
ビジネス環境においては、意思決定を迅速かつ効果的に行うために欠かせないスキルであり、特に情報が氾濫する現代において、20〜30代のビジネスパーソンにとって「正確な判断を下すための基盤」となっている。
ロジシンとセットで身につけることで、「前提を疑い、構造化し、筋の通った結論を出す」ことができるようになる。
このスキルが一般化したことで、ビジネス全体の思考水準は確かに上がった。
しかし同時に、多くのビジネスパーソンが “同じような考え方で、同じような情報を処理するようになった結果、同じような結論にたどり着いている” ようにも感じている。
もちろん、そこから一歩外れたユニークな結論を出している人たちもいる。その差はどこから生まれるのか。
ここで鍵になるのが、「コンセプチュアルスキル(概念化能力)」を持っているかどうかだと思っている。
クリシンの5ステップを辿ると見えてくる“失敗する事業”の作り方
クリティカルシンキングの代表的なフレームとして、よく次の5ステップが紹介される。
- 問題の特定
- 情報の収集と分析
- 仮説の立案
- 証拠に基づく推論
- 結論の評価と反省
一見すると、とても筋の通ったプロセスに見える。
しかし、新規事業のアイデアをこの5ステップだけで作ろうとすると、「いかにも正しそうだが、誰でも思いつきそうなアイデア」に収れんしてしまうことが多い。
少し具体的に見てみよう。
ステップ1:問題の特定
新規事業を考えるとき、多くの人が最初に立てる問いは
「市場にどんなニーズがあり、それにどう応えるか?」
というものだ。
そこで市場調査を行い、ターゲット顧客のニーズやペインポイントを明確にしようとする。問題設定としては悪くないし、むしろセオリー通りだと言える。
ステップ2:情報の収集と分析
続いて、市場トレンド、競合情報、ターゲット顧客の属性(デモグラフィック)など、関連情報を徹底的に集める。
そこから、市場のギャップや潜在的なビジネスチャンスを探っていく。
たとえば、持続可能な商品への関心が高まっている市場を分析した結果、
「エコフレンドリーな製品を出せば一定のニーズが見込めそうだ」
という示唆が出てくるかもしれない。
理解はしやすいし、方向性としても間違ってはいない。
ただ、ここまでのプロセスは、クリシンを学んだ人なら誰でも同じように辿ることができる。だからこそ、「誰でも考えそうなアイデア」に吸い寄せられてしまう。
ステップ3〜5:仮説 → 推論 → 結論
集めた情報をもとに、「エコフレンドリーな製品を市場に投入すれば、特定ターゲットから高い支持を得られる」という仮説を立てる。
その仮説の妥当性を確かめるために、類似ビジネスのケーススタディや、顧客レビュー、フィードバックなどを調べ、証拠に基づいて推論していく。
最終的に、「やはりエコフレンドリーな製品は市場に受け入れられる」という結論に至れば、そのアイデアをベースに事業計画を組み立てるだろう。
もし結論が仮説を支持しなければ、反省を通じてアプローチを見直すことになる。
ここまでの流れは、教科書通りの完璧なクリシンのプロセスだ。
しかし、そこで導かれる結論は、「たしかに正しそうだけど、どこかで見たことがある」 程度のアイデアにとどまりがちでもある。
つまり、丁寧にクリシンのステップを踏めば踏むほど、常識的で無難な新規事業案に落ち着いてしまう。
裏返せば、「まだ誰も手をつけていない新しい領域」を発見するという意味では、むしろ足かせになり得るのだ。
新しい「なにか」を見つけるために必要な視点
では、ロジシン・クリシンが当たり前になった世界で、新しい“なにか”を見つけるにはどうすればよいのだろうか。
ひとつの考え方として、
自分の半径5メートル以内で起きている事象や問題を深く理解し、それを未来と紐づける
というアプローチがあると感じている。
ここで効いてくるのが、カッツモデルやドラッカーの議論でも触れられる「コンセプチュアルスキル(概念化能力)」だ。

これは、目の前の具体的な出来事や違和感を抽象化し、ひとつの概念として捉え直す力とも言える。
他の人が何とも思っていないことが、よくよく見てみるとものすごく深いペインになっていることがある。
ある業界では当たり前になっている習慣やビジネス慣行が、別の業界の視点から見れば「それ、かなりおかしくないか?」と感じられることもある。
こうした違和感を拾い上げ、それを未来の変化やテクノロジーの進展と結びつけることで、はじめて「他の人が見落としているビジネスチャンス」が見えてくる。
ロジシン・クリシンの前に、まずこのコンセプチュアルなプロセスを通ることが、新しい事業の種を見つけるうえで重要になっているのだと思う。
この記事でいちばん言いたいこと
ロジシンやクリシンそのものは、新規事業の“精度を上げるフェーズ”では非常に役立つ。
しかし、「どんな問いを立てるか」「何をビジネスチャンスと見なすか」という 入口の部分までロジシン・クリシンで固めてしまうと、誰もが同じ方向に歩き出し、無難なアイデアに収れんしてしまう。
だからこそ、
まずは当事者として現場に入り、自分の半径5メートルで起きている違和感やペインをしっかり理解し、それをコンセプチュアルに捉え直したうえで、未来の妄想と紐づける。
そのサイクルを回したあとで、クリシン・ロジシンを使って構造化・検証していく。
この「コンセプチュアルスキル × 当事者性 × 未来妄想」の組み合わせこそが、ロジシン・クリシン時代における“新しい事業の作り方”なのではないか、というのがこの文章の核だ。
・ロジシン/クリシンは“精度を上げる後半フェーズ”では有効だが、アイデア発想の入口から使うと誰もが同じ無難な結論に収束しやすい。
・新規事業の源泉は「当事者としての経験」や「半径5メートル以内で感じる違和感・ペイン」の深い理解にある。
・その違和感を抽象化し、未来の変化や妄想と結びつけるコンセプチュアルスキルが、独自の着眼点をつくる鍵になる。
・この“当事者性 × 概念化 × 未来視点”のサイクルを回したうえでロジシン・クリシンを使うことが、新しい事業を生む最適な順番である。
FAQ
Q. クリシンやロジシンは、結局やらないほうがいいという話ですか?
A. まったく逆で、クリシンやロジシンは依然として重要なスキルです。ただし、「アイデアの入口」からフルに使うと、ありきたりな結論に収束しやすくなるため、コンセプチュアルな発想のあとに使うほうが効果的だ、という文脈です。
Q. コンセプチュアルスキルはどうやって鍛えればよいですか?
A. いちばんわかりやすいのは、何らかの領域で当事者になることです。現場で手を動かしながら、自分が感じた違和感やペインをメモし、それを「なぜそうなっているのか」「他でも同じ構造はないか」と抽象化して考える習慣を持つことが、コンセプチュアルスキルを磨く近道だと考えています。
Q. 半径5メートル以内の事象とは具体的に何を指しますか?
A. 自分の仕事、生活、所属組織、趣味コミュニティなど、「日常的に関わっている範囲」で起きている出来事や違和感のことです。たとえば社内の非効率なフロー、顧客とのやり取りで毎回もやっとするポイント、よく見るけれど誰も問題視していない行動パターンなどが該当します。
Q. それでも結局“エコビジネス”のようなありがちな結論に行き着いてしまいます。
A. その場合は、「なぜ自分がそれをやるのか」「自分だから見えているペインは何か」という問いを足してみると良いです。同じ“エコ”でも、職種や経験によって見えている問題はまったく違うはずで、その差分こそがオリジナルな事業の種になり得ます。
Q. ロジシン・クリシンとコンセプチュアルスキル、どちらを優先して学ぶべきですか?
A. どちらが先というより、段階によって使い分けるイメージが近いです。まずは身の回りの体験から概念を立ち上げるコンセプチュアルな視点を持ち、その後でロジシン・クリシンで構造化・検証していく。この順番を意識すると、ありきたりな新規事業案から抜け出しやすくなります。