ジワ新規とは?ゆっくり成長するビジネスの可能性

結論(TL;DR)
ジワ新規とは、既存の顧客・市場・製品を起点に “じわじわと” 新規事業を積み上げていく成長アプローチである。ド新規のように未知の市場へ一気に飛び込むのではなく、すでにある資産を最大限レバレッジし、段階的に新しい売上の柱を増やす「低リスク・中速成長」の戦略だ。初期投資が少なく、市場反応を見ながら調整できるため、不確実性が高い現代において特に中小企業や安定志向の企業と相性が良い。

定義と前提:ジワ新規とは何か

ジワ新規とは、既存の資産──顧客関係、ブランド認知、営業チャネル、既存プロダクト──を土台として、新規事業を段階的に広げていくアプローチである。急激な事業転換は行わず、既存顧客が抱える未充足ニーズを丁寧に拾い取り、既存製品に機能を追加したり、周辺領域にサービスを拡張したりしながら、自然な形で売上を増やしていく。

ポイントは、
「今ある土台を壊さず、その延長線上で事業の幅を広げる」
という姿勢にある。

ド新規のように未知の市場にゼロから挑むわけではないため、会社にかかる負荷が小さく、撤退判断もしやすい。市場の反応を見ながら段階的に投資量を調整できる点も、ジワ新規ならではの特長である。


いまジワ新規が注目される理由

ジワ新規が注目されている背景には、ビジネス環境の変化がある。

高金利化や資金調達環境の悪化により、急成長スタートアップ型の「短期間で大きく伸ばす」戦略は、これまで以上にダウンサイドが大きくなった。創業期から赤字を積み増すモデルでは、資金が尽きた瞬間に事業は止まってしまう。

一方、ジワ新規は既存資源を活かしながら、小さなステップで進められるため、初期投資が少なく、失敗しても致命傷になりにくい。既存顧客との信頼関係も利用できるため、導入ハードルが低く、売上の積み上げも速い。

不確実性の高い環境において重要なのは、
「生き残りながら前に進めること」
であり、ジワ新規はまさにそのための構造を備えている。


ジワ新規とド新規の違い

ジワ新規と対比されるのが「ド新規」である。この違いを整理するために有効なのがアンゾフマトリックスだ。

  • ジワ新規の領域
    既存市場 × 既存製品(市場浸透)
    既存市場 × 新規製品(新製品開発)
    → 既存の顧客理解やチャネルを活かしながら、小さな改善・拡張で成長する。
  • ド新規の領域
    新規市場 × 新規製品(多角化)
    → 未知の市場へゼロから挑む高リスク戦略。成功すれば大きいが、失敗確率も高い。

ド新規は「跳ねれば大きいが落ちると深い」。
ジワ新規は「外しにくく、長期の積み上げが効く」。

企業フェーズやリソースによって、どちらを採用するかは変わるものの、再現性と安定性の観点ではジワ新規の方が幅広い企業に適している。

スタートアップのアプローチとは考え方が違うジワ新規?

一般的なスタートアップは、創業初期から赤字を掘りながらプロダクト開発と市場開拓を行い、外部資金を連続的に調達しながら短期間で急成長を狙う「Jカーブ前提」のモデルである。高いバーンレートを許容しつつ、市場を一気に取り切る速度が重視される。

これに対しジワ新規は、既存事業の黒字を守りながら“挑戦の幅を広げていく”モデルである。収益を確保しつつ新規に挑戦するため、会社が死なない状態を維持したまま何度でも試行錯誤できる。結果として「失敗確率が低く、継続性の高い新規事業開発」が可能になる。

スタートアップが「短期で100を狙う」ものだとすれば、
ジワ新規は「10を積み上げて100に届く」アプローチと言える。


成功事例:ジワ新規を活かした企業

ジワ新規のアプローチを上手く活かしている企業として、くすりの窓口社とエフ・コード社が挙げられる。いずれも、既存市場と顧客基盤を土台に、新しい事業の柱を段階的に育ててきた企業だ。

くすりの窓口社は、もともと薬局業界のプレイヤーとして、店舗ネットワークや薬局との関係性を強みとしてきた企業である。この既存のポジションを活かしながら、オンラインサービスや利用者の利便性を高める仕組みを徐々に導入していった。既存の薬局網と消費者との接点を軸に、「予約」「情報提供」「オンライン対応」などの機能を積み上げていくことで、新たな収益源をつくり、結果として市場シェアを拡大してきた。

一方、エフ・コード社は、デジタルマーケティングやDX領域を起点に事業を展開している企業だ。既存のクライアントワークをベースに、まずはWebサイトの改善やデジタル広告運用といった支援サービスを提供し、その後、SNSマーケティングや新たなデジタル施策を追加サービスとして提案することで、売上の柱を増やしてきた。技術的なケイパビリティを少しずつサービスラインに乗せていく“ジワジワとした新規展開”によって、既存顧客のLTVを高めつつ、新規事業も育てている典型例と言える。

これらの企業に共通するのは、「既存の強みを土台に、急激な変革ではなく段階的な価値提供の拡張で成長している」という点だ。ジワ新規の強さは、いきなり大きな賭けに出るのではなく、今あるアセットを生かしながら着実に前進しているところにある。


ジワ新規を取り入れるための実践ポイント

ジワ新規を上手く取り入れるには、以下の順序が有効である。

① 既存市場・顧客の深い理解

既存顧客の満足点と不満点を洗い出し、改善すべき領域や追加価値を特定する。

② 小さな新規アイデアの検証から始める

既存市場の延長線上にある“外しにくい”新規を、小さく実験するところから着手する。

③ 少人数・小予算で進める

失敗が致命傷にならない「軽い構え」が不可欠。

④ 組織の柔軟性を確保する

既存事業と同じ評価軸やルールで新規事業を縛らない。専任チームの設置も選択肢。

これらを繰り返すことで、ジワ新規は確度の高い新規事業の柱として育っていく。


ジワ新規の未来と可能性

ジワ新規というビジネスモデルは、これからのビジネス環境のなかで、さらに存在感を増していくと考えられる。市場の変化が激しくなるほど、「一発勝負のド新規」だけに依存するのはリスクが高い。一方で、ジワ新規ならば、既存事業による安定収益を維持しながら、新しいビジネスチャンスを少しずつ取り込んでいける。

テクノロジーの進化やDX、サステナビリティなど、新たなテーマは今後も次々と登場するだろう。そうした変化に対して、いきなり大規模投資で飛び込むのではなく、既存領域との接点を探し、ジワジワと適応していく。これは特に中小企業やベンチャーにとって、現実的で、かつ持続可能な戦い方だ。

将来的には、企業が単独でまったく新しい市場に挑むよりも、ジワ新規を通じて既存事業とのシナジーを活かしながら新しい領域に踏み出すケースが増えていくだろう。経済や環境の変動が続く世界において、「大きなリスクを取って一度きりの勝負をする」のではなく、「リスクを抑えながら何度も挑戦できる状態をつくる」ことが、企業にとっての生存戦略になる。その意味で、ジワ新規は今後のビジネスを支える“堅実な成長エンジン”としての役割を担っていくはずだ。

Point
・ジワ新規は「既存×延長線」から始まる低リスクの成長アプローチ
・既存資産を最大限活用できるため撤退リスクが小さい
・ド新規とは違い、企業の生命線を守りながら挑戦できる
・中小企業や安定志向のベンチャーとの相性が強い
・不確実性が高い環境における、もっとも再現性の高い新規事業モデル

FAQ

Q. ジワ新規とスタートアップ的なド新規、どちらを選ぶべきですか?

A. 企業のリソースやリスク許容度、目指す市場規模によって最適解は変わります。短期間での爆発的成長を狙うならド新規も選択肢になりますが、倒産リスクを抑えつつ持続的に成長したいなら、まずはジワ新規で足場を固め、そのうえでド新規を検討する流れが現実的です。

Q. 中小企業でもジワ新規は実践できますか?

A. むしろ中小企業との相性は良いと言えます。既存顧客との距離が近く、現場の声を拾いやすいからです。小さな機能追加や周辺サービスの提供など、いまあるリソースを活かした一歩から始めることができます。

Q. ジワ新規はスピード感に欠けて競合に負けませんか?

A. たしかにド新規に比べると話題性やスピード感では見劣りする場面があります。ただし、ジワ新規は市場の反応を見ながら方向修正できるため、結果的に“外しにくい”成長がしやすいアプローチです。競合と正面からスピード勝負をするのではなく、既存顧客への深い価値提供で差別化していくイメージに近いでしょう。